2016-11-13 18:13:00

教皇「神はわたしたちを見放さないとの確信のうちに歩む」日曜正午の祈り


教皇フランシスコは、バチカンで11月13日、日曜正午の祈りを唱えられた。

聖ペトロ広場でのアンジェラスの祈りで、教皇は広場の巡礼者たちに、「この世に何があっても、神はわたしたちを決して見捨てることはありません」と説き、この確信をしっかり保ち、主との出会いの日に向かって歩むよう、次のように話された。

「親愛なる兄弟姉妹の皆さん、この世のものは、それがどんなに美しく、また聖なるものであっても、すべて一時的なものであって、いつか過ぎ去る運命にあります。

ですから、決してこの世のものにわたしたちの安全を期待してはなりません。 唯一、確実なことは、わたしたちの生命はすべて神のみ手の中にあるということです。神は決してわたしたちを見捨てることはありません。わたしたちの生命は失われることはありません。なぜなら、神のみ手の中にあるからです。

いつの世にも、人々の恐れや心配を駆り立て、神から人々の心を反らせようとする偽りの預言者たちが存在します。この世に災害や、戦争、争い事などが存在するのも真実です。これらもすべて世界の現実の一部をなしています。

教会の歴史は、これらの恐ろしい現実に遭遇しながらも、すべては神のみ手の中にあるという事実を固く自覚し、恐れることなく、穏やかに苦しみや困難に立ち向かっていった、多くの人々で溢れています。

神は誠実な父親です。神はすべての人々を例外なく思いやる父親です。すべての子らを決して見捨てることのない愛に満ちた父親です。この確信をいつも保たなくてはなりません。神は決してわたしたちを見捨てることはありません。

今日のミサで朗読された、ルカ福音書の中で、キリストは壮麗な神殿を前に、どんなに美しく壮麗であっても、この世のものはいつか必ず滅び去ることを弟子たちに思い起こさせ、わたしたちの安全性の基盤をこの世のものに置いてはならないと諭されました。

この世で確実と思われたものでも、実はもろく、はかない物だったということを、わたしたちはどれほど見てきたことでしょう。反対に、出口のない袋小路と見えたことが、実際には克服できたことが、しばしばあったのではないでしょうか。

キリスト教共同体は、確実に主の日に向かって歩んでいきます。神は決してわたしたちを見捨てることはないとの確信に強められ、度重なる困難や悲しい出来事にも関わらず、希望の中に前進するのです」。

 








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