2016-08-14 17:38:00

日曜正午の祈り: 教皇「教会が必要とするのは、役人ではなく、愛に燃えた宣教者」


教皇フランシスコは、バチカンで8月14日、日曜正午のアンジェラスの祈りを唱えられた。

教皇は説教で、この日のミサの福音朗読箇所(ルカ12,49-53)を取り上げ、「キリストはこの世に愛熱の炎をもたらしに来た」という意味を解説された。

そして、教会には官僚は要らない、冒険を恐れない熱意に満ちた司牧者こそが必要と強調された。

教皇は説教で次のように話された。

「今日のミサ中の福音朗読で、キリストははっきりと、自分はこの世に愛熱の炎をもたらしに来た。この日がすでに燃え上がっていることをどれほど期待しているか、と語っています。

この愛に燃え盛る炎とは、わたしたちも皆洗礼の際にいただいた聖霊の燃える愛の炎のことです。聖霊は、すべてを新たにし清める神の力です。

聖霊の愛熱の炎は、人間的な惨めさや、エゴイズム、罪を焼き尽くし、内部からすべてを革新し、再生させ、愛することを可能にしてくれます。

イエスは、聖霊がわたしたちの心を炎のように焼き尽くすことを願っておられます。神の愛の炎は、心から燃え広がってこそ、神のみ国を発展させ、進歩させることができるからです。神の愛の炎は、頭からではなく、心から出発するのです。

ですから、わたしは皆さんに聖霊の働きに完全に心を開くようお勧めします。

聖霊は、恐れることなく大海原に漕ぎ出し、すべての人々にキリストとその救いと慈しみの慰めに満ちたメッセージを伝える勇気と大胆さを与えてくれるでしょう。

恐れや計算に引きずられることのないよう、また、ただ安全地帯だけを歩くことに慣れてしまわないように、教会は聖霊の助けを必要としています。この二つの態度は、教会を危険を決して冒さない官僚的なものとしてしまうからです。

聖霊がもたらす炎は、使徒的勇気に火をつけます。聖霊は、壁やバリケードを乗り越えさせ、わたしたちをより創造的にし、さらに危険や不便や不確実さに満ちた道を、出会うすべての人々に希望を与えながら、恐れなく進ませます。

多くの宣教師たちや、修道女、そして信徒たちが、世界中の多くの国々で、時にはその生命をもかけてキリストの福音の宣教に専念しています。

彼らの貴重な模範は、教会は官僚や優秀な役人たちではなく、キリストの慰めに満ちた言葉とその恵みをすべての人々に届けようと熱愛に燃えている宣教者こそを必要としていると思い出させてくれるのです。

これこそ、聖霊がもたらす炎です。教会はこの炎を持たなければ、生命を与えることのできない、冷たい教会、生ぬるい信徒たちの教会になってしまうからです。」








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