2016-06-11 18:22:00

教皇フランシスコ: 「それぞれが異なり、違うということは、社会を豊かにし人を成長させる。もし世界中が同じだったらなんと退屈でつまらないことだろう」。


6月11日土曜日、バチカンのパウロ6世謁見ホールでイタリア司教協議会主催の「障害者の集い」の参加者約650人が教皇フランシスコと出会った。教皇はこの出会いの中で、人それぞれが異なるということ、皆が同じではなく違うということが社会をどれ程豊かにし、わたしたちをも成長させるものであるかを強調し、文書で準備された談話ではなく、心からの自由な対話を参加一同と親しく交わされた。

「兄弟姉妹の皆さん、人は何で自分たちと違うもの異なるものに出会うと恐れるのでしょうか。なんであれ、自分たちとは「異なること」「違い」はわたしたちにとっていつも一種の挑戦だともいえます。自分たちと違う人に出会った時など,知らない振りをしたり無視したり何の行動もとらないようにし、問題を起こさないほうが確かに楽です。しばしば、口には出さないまでも、心の中で、勝手に皆自分と同じだ,少し変わった人がいてもそれは例外だからほっておこう、見ない振りをしていればいいのだからと考えたりします。

確かにかわったこと違うこと見たことのないことは一つの挑戦です。恐れを抱かせます。しかし、同じではなく違うということはいつもわたしたちにとっては豊かさそのものなのです。考えてもみてください。もし世界中皆が同じだったらどんなに退屈でつまらないことでしょう。かえって違いは、それらが一つになってより美しくより優れたものを作り出すのです。

確かに痛ましい違いもあります。ある種の病気が原因であることもあります。けれどもこのような違いもわたしたちを助け、豊かにしてくれます。このためにも違いに対して決して恐れを抱かないようにしましょう。それこそより美しくより優れたものになるための道なのだからです。


では具体的にどうしたらよいでしょう。それは手を握り合うことです。たいした行為ではありません、でも大変深い意味を持つものです。私はあなたの手を握ります、あなたも私の手を握ってください。これはお互いの心を通わす素晴らしい行いです。

わたしたちは皆同じように成長する可能性を持っています。ともに前進し、神を愛し、よいことを実行し、キリスト教の教えを理解し、秘跡を受ける同じ可能性を持っています。

私たちの間に違いがあるということ、それは、いろいろな理解の仕方があるということです。それぞれがそれぞれの豊かさを保持しているのです。








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