2012-11-08 14:17:25

教皇一般謁見・カテケーシス要約(2012.11.7)


親愛なる兄弟姉妹の皆さん

「信仰年」のカテケーシスを続けるにあたり、今日はわたしたちの心の奥深くに横たわる、神に対する神秘的な願望について考察しましょう。

神は人を神ご自身のためにお造りになりました。それゆえに、聖アウグスティヌスは言っています。「わたしたち人間の心は、神において最終的な憩いを見出すまでは、決して満足しない」と。

今日これほど世俗化された世界にあっても、神に対するこの願望は、人々の心の中に生き続けています。特に愛の体験において、それは顕著です。

他者の善を追求するという愛、自分を捨て自らを他人に与えること、心の癒しと浄化の過程において、わたしたちは自分自身を発見します。

また、友情において、真理と善に対する渇望と美の体験において、わたしたちは約束の完全な実現を垣間見るその神秘へ向けて、自分自身を乗り越え、はるか彼方に向かっていることを感じ取るのです。

わたしたちは内在するこの宗教心のおかげで、すべての善の源、最も深い望みの完成である神のより近くにわたしたちを導く信仰の恵みに心を開くことができるのです。

「信仰年」の間、誠実な心で真理を追い求める同時代の人々が、信仰から生まれ出る自由と喜びを知る恵みを得られるよう祈り求めましょう。








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