2012-08-29 18:59:52

教皇一般謁見・カテケーシス(2012.8.22)


親愛なる兄弟姉妹の皆さん

今日は「天の元后聖マリア」の祝日が記念されます。この祝日の起源は古い歴史を持っていますが、祝日としては比較的新しく、1954年の「聖母年」の終わりに、教皇ピオ12世によって制定されたものです。

この日は、聖母が神から受けた恵みの大きさと、いかなる被造物にも勝って高められたその尊厳を「女王」という称号をもって表しながら、人類に対する愛と心使いを惜しげなく注ぎ続けている聖母を記念します。

この祝日は、はじめは5月31日に定められていましたが、第2バチカン公会議後の典礼刷新において、聖母被昇天の大祝日から8日目のこの日に改定されました。それは、聖母マリアの女王であるということと、彼女の身体と霊魂ともに受けた御子イエスの傍らでの栄光との関係を強調するためでした。

第二バチカン公会議文書にはこう書かれています「マリアは天の栄光に上げられ、主から世界の女王と立てられました。それはより完全にその御子に似たものとなるためでした」。 (n. Lumen gentium, 59)

これが今日の祝日の理由です。マリアはすべてにおいて、この地上の生活においても天の栄光においても、その子キリストに特別な方法で最も近くにあったからです。

偉大な聖人、シリアのエフレムは、マリアが女王であるということは、マリアが母であるという事実によると言っています。

マリアは、王たちの王である主の御母です。そして、彼女はその子イエスを、生命、救い、希望として示します。

神のしもべ教皇パウロ6世は、聖母に関する公文書の中で、次のように書き記しています。「聖母マリアにあっては、すべてがキリストと関わり、すべてがキリストによっていました。父なる神はキリストによって聖母マリアを永遠の昔からまったく聖なる母として選び、他の誰にも与えなかった聖霊の賜物で満たしたのです」。

しかし、今、疑問が起こります。マリアが女王であるとは、一体どのような意味なのでしょうか。数ある称号の中の一つ、王冠のようなものでしょうか。 女王であるということは一体何を意味するのでしょうか。

先に言ったように、それは、天に昇られた、すなわち神との交わりにあるその子キリストと深く結びついた結果なのです。

聖母は、世に対する神の責任と、世のための神の愛に参与しています。一般的には、王も女王も権力と富を持つ人のことを指すという考えがありますが、イエスとマリアの場合はまったくこのようなものではありません。

主について考えてみましょう。キリストの王権、王であることは、根本的に謙遜、奉仕、愛に基づき、特に仕えること、助けること、そして愛することにあります。

イエスは、ピラトから「ユダヤ人たちの王」と書かれたすて札を持ち、十字架上で王であると宣言されたことを思い起こしましょう。 (マルコ 15,26)

あの時、十字架上でキリストは自分自身を王として示します。どのように王であることを示すのでしょうか。それは、わたしたちのために、わたしたちと共に苦しみながら、最後の最後まで愛しながら、統治し、真理と愛と正義をつくることによってです。

あるいは、また別の時にも思いをはせて見ましょう。最後の晩餐の席でイエスは弟子たちの前に膝をかがめ、彼らの足を洗います。

ですから、イエスの王権は、この世の権力者たちのそれとは何の関係もないのです。イエスは自分の部下たちに奉仕する王です。イエスはその全生涯において、自分が王である事をこのように示されました。

同じことが聖母マリアについても言えます。彼女も神と人々に仕える女王です。人々の救いのために神のご計画にすべてを捧げて生きる愛の女王です。

お告げに際して、聖母は天使に答えます。 「わたしは主のはしためです」(ルカ1,38), そしてマニフィカットの中では「神は身分の低いこのはしためにも目を留めてくださいました」と歌います。(ルカ1,48).

聖母はわたしたちを助けます。聖母はまさしくわたしたちを愛し、あらゆる必要においてわたしたちを助けることによって女王です。わたしたちの姉妹であり、謙遜なはしためです。

そろそろ結論に近づいてきました。マリアは愛と奉仕の女王としてどのようにその役割を果たすのでしょうか。道に迷った後、毎日の生活の苦しみや心配に押しつぶされ、母親の助けと保護を祈り求める自分の子どもたちであるわたしたち自身の上に、母としての注意をいつも向けながらです。

絶え間ない彼女の取次ぎに心から信頼し、日々の生活の安らかな時にも暗い時にも、聖母にいつも目を向けましょう。なぜなら、聖母はこの世の旅路を続けるわたしたちのために必要なあらゆる恵みと憐れみをその御子イエスから獲得することができるからです。

わたしたちは、この世界を統治し、全宇宙の運命を支配するそのお方に、聖母マリアを通し信頼を込めて向かいましょう。

聖母マリアは、何世紀にもわたり、天の元后と呼ばれてきました。聖なるロザリオの祈りの後、8回女王と唱えられます。聖母の連祷の中でも、天使たちの女王、太祖たちの女王、預言者たちの女王、使徒たちの女王、殉教者たちの女王、証聖者たちの女王、乙女たちの女王、すべての聖人たちの女王、家庭の女王 と唱えられ、たたえられます。

毎日繰り返し唱えられるこれらの祈りや「サルヴェ・レジナ」の祈りなどは、聖母マリアが天の栄光の中で、その子イエスの傍らにいつもわたしたちの母として、とりなし続けていることを理解するのを助けてくれるのです。

ですから、女王という称号は、信頼と喜びと愛の称号です。わたしたちは女王、聖母マリアが、困難においていつもわたしたちを愛し、助けてくれるのを知っています。

親愛なる友人の皆さん、聖母への信心は霊的生活の重要な要素です。聖母にいつも祈りましょう。聖母は必ずわたしたちのために、いつもその御子イエスにとりなしてくださるでしょう。

聖母に目を向け、その信仰、神の愛の計画への完全な協力、イエスに対する寛大な愛を模倣しましょう。

マリアのように生きる術を学びましょう。マリアは神のすぐそばにおられる天の女王です。しかし、同時にわたしたちの声に耳を傾け、わたしたちを愛する、わたしたち一人ひとりに身近な母でもあるのです。








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