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2011-12-08 18:31:04
教皇一般謁見・カテケーシス要約(2011.12.7)
親愛なる兄弟姉妹の皆さん
キリスト教的祈りについての考察を続けながら、今日は特別にイエス自身の手本と教えに注意を向けてみましょう。
聖マタイと聖ルカの福音書に伝えられているイエス自身の「歓喜の叫び」とも言える御父への感謝の賛歌に目を向けましょう。そこでイエスは、神なる父に特別な感謝を捧げています。神なる御父は救いの神秘を賢者や学者たちにではなく小さな者たちに表されました。イエスは御父にそれについて特別に感謝の祈りを捧げています。イエスのこの素晴らしい祈りは、聖霊の中におけるイエスと父なる神の深い一致の現われです。神の永遠の御子として、ただイエスだけが真の意味で御父を知っています。イエスは神のみ旨に完全に開かれた存在です。
イエス自身が言っています。神なる父を本当に知っているのは御子と御子がそれを啓示するために選んだ人々だけです。
このイエスの祈りの中で主は、神なる御父についての知識を 「小さな者たち」心が清く、神のみ旨に開かれた人々と分かち合うことを望んでいると言っています。聖マタイの福音においてイエスの「歓喜の叫び」には次のような言葉が続いています。「重荷を負って苦労している者は皆、わたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは心が柔和であり、謙遜であるから、わたしのくびきを受け入れ、わたしの弟子になりなさい。そうすれば、魂は安らぎを見出すであろう。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」。
イエスはわたしたちの祈りの源泉であり手本です。イエスを通して聖霊においてわたしたちは信頼をこめてわたしたちの父である神に向かうことが出来るのです。神のみ旨を実行しながら神に信頼してわたしたちははじめて本当の自由と平和を見出すことが出来るのです。
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