2007-11-07 18:15:21

アンジェラスの祈り・教皇説教(2007.10.28)


親愛なる兄弟姉妹の皆さん

今朝、この聖ペトロ広場でスペインの498人殉教者の列福式が荘厳にとり行われました。1930年代のスペイン内戦の時代に殉教した方々です。

この498人の新福者たちは、様々な年齢、召命、社会的な立場も異なる多くの男女によって構成されています。しかし、皆一様にキリストとその教会に忠誠を尽くすために生命を捧げた人々です。

今朝のミサ中で朗読された聖パウロの言葉は、まさしくこれらの殉教者一人ひとりに当てはめることができます。

聖パウロはその愛弟子テモテに書いています。「今や、私の血はいけにえとして注がれています。この世を去るときが来ました。私は、良い戦いを戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り抜きました」。(2テモテ4,6-7)

ローマで囚われの身にあったパウロはその死が近づいているのを見て、大きな感謝と希望に満ちて生涯を振り返っています。

パウロは神と、また自分自身と共に平安の中にあって、全生涯を福音への奉仕に捧げ尽くしたことを自覚しながら、心静かに死と対面しています。

殉教者たちの模範は、洗礼の秘跡は、キリスト者たちに勇気を持って神のみ国を広める使命を、必要ならその生命を賭けても遂行するよう促すものだ、ということを証しするものです。

誰もがこのような流血の殉教に招かれているわけではありません。しかし、血を流すことのない無血の殉教もあります。この殉教も同じように意味深いものです。

それは、いかなる妥協もなしに、貧しい人々への寛大な奉仕を通してその任務を果たしながら、キリストの福音を日常生活の中で大きな音を立てることもなく、沈黙の中に忠実に生き抜く、多くのキリスト者たちの静かな英雄的な証しです。

このような日常生活における殉教こそ、今日のように極度に世俗化された社会においては大変重要な証しです。それはまた、疲れることなく戦い、死に至るまで福音宣教のために走りつくした聖パウロのように、すべてのキリスト者が戦うべき平和の戦いです。


毎日の証しにおいて、殉教者たちの女王、福音宣教の星である聖母マリアが、私たちをいつも助けてくださいますように。







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